最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)833号 判決 1949年5月18日
主文
本件上告を棄却する。
當審に於ける未決勾留日數中一八〇日を本刑に算入する。
理由
辯護人鍛冶利一同笠原寿生及び被告人武者勇吉の上告趣意は末尾に添付した別紙書面記載の通りである。
辯護人鍛冶利一、同笠原寿生上告趣意第二點について。
しかし、憲法第三七條第二項に、刑事被告人はすべての證人に對し審問の機會を充分に與えられると規定しているのは、裁判所の職權により、又は訴訟當事者の請求により喚問した證人につき、反對訊問の機會を充分に與えなければならないと言うのであって、被告人に反對訊問の機會を與えない證人其他の者(被告人を除く。)の供述を録取した書類は、絶對に證據とすることは許されないと言う意味をふくむものではない。從って、刑訴應急措置法第一二條において、證人其他の者(被告人を除く。)の供述を録取した書類は、被告人の請求があるときは、その供述者を公判期日において訊問する機會を被告人に與えれば、これを證據とすることができる旨を規定し、檢事聽取書の如き書類は、右制限内おいて、これを證據とすることができるものとしても、憲法第三七條第二項の趣旨に反するものではない。
論旨は公判において被告人に反對訊問の機會を與えたとしてもその訊問の結果を證據となし得るに止り、檢事聽取書其ものは被告人に反對訊問の機會を與えて作成したことにはならないから、これを證據とすることはできないと主張するのであるが、右主張は、憲法第三七條第二項は被告人に反對訊問の機會を與えない證人の供述録取書は絶對に證據とすることは許されないことを意味すると言う、獨自の見解に基くものであるから、採用できない。檢事聽取書は、いわば、原告官たる檢事が作成したものであるが、他の書類と同様一の訴訟資料として、公判において被告人に讀聞けられるものであり、もし被告人に不審不満の點があれば、憲法上の權利として、公費でしかも強制手續によって其供述者の喚問を請求し、充分反對訊問をなし、其内容を明らかにすることができるのであるから、裁判官の自由なる心證により、これを證據となし得るものとするも、被告人の保護に缺くるところはない、唯無制限にこれを證據となし得るものとすれば、憲法第三七條第二項の趣旨に反する結果を生ずる恐れがあるから、刑訴應急措置法第一二條により、被告人の權益確保につとめているのであって、右措置法の規定は憲法第三七條第二項の旨を承けたものであり、たがいに杆格するものではなく、これを無効とすべき理由はない。從って原判決において檢事聽取書を證據として、被告人に有罪を言渡したとしても、何等違法はない。論旨は理由がない。(その他の判決理由は省略する。)
よって刑事訴訟法施行法第二條、舊刑事訴訟法第四四六條により、主文の通り判決する。
以上は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介)